扁桃腺手術で死にかけた話(後編)

こんにちは。マエケンです。

今回は僕の実体験のお話、後編になります。

前編はコチラから

楽しい記事も書いていきますが、命に関わる体験は、そう何度もできるものではないので、書かせてください!(今回5000字になってしまいました、前編の3倍くらい長いですw)

それでは早速後編です!



地獄の始まり

退院して次の日の夜、それは起こった。(ここからは少々グロテスクですが、あまりに衝撃的だった為、細かく状況を書いていきます)

仕事を終え、寝ようとベッドに入ると、口の中からぶぁっと何かが広がった。

んっ?と思ったが、起き上がるのも面倒だった為、ごっくん。

すると再びぶぁっと広がる。

手術後、がよく出ていたので、なんか今回凄い量の痰が出るなぁと思いながら、洗面所へ行き

ぺッと吐いてみると、、、それは大量の血だった。

ここから地獄の始まり。ぶぁっと出ては吐いての繰り返し。全く止まる気配はない。次第に洗面所は殺人現場の様になっていった。

すぐに救急車を呼んでもらい、僕はその間ただただマーライオンの様に血を吐き続けた。

その間インスタのストーリーを見たりして紛らわそうとした。(不安過ぎてよっぽどライブ配信しようかと思ったが、流石にやめた。笑)

それから20分後くらいに救急車が到着。一向に止まる気配がない。状況を説明しつつ、救急車に乗り込み、10分くらいで病院へ到着。

ベッドを起こした状態で、血圧やら何やら装着されて、質問に答える。身体の色はどんどん青白くなっていった。

救命の方に「今先生が来られてるから、待って下さいね」と言われるものの、不安は高まる一方。何より吐き続けるのがとにかくキツイ。

ちなみに喉の奥からの出血なので、全て吐くことは出来ず、めちゃくちゃ血を飲んだ。そして血はすぐに固まり、詰まる。すると呼吸困難になり、出すか飲むかしないと息が出来ずに死んでしまう。(皮を剥いたぶどうみたいなのが絶えず喉の奥に発生する)

僕はたまらず「これ大丈夫ですよね!?血が止まらないんですけど!!」と聞いた。

今考えれば困る質問してしまったなと思うが、正直それどころではなかった。大丈夫と言ってほしかった。

しかし期待は虚しく、棒読みで「そうですねぇ」と言われるだけ。(何も言えないのは分かるけどもっ!それにしても対応冷た過ぎぃ!)

約30分後、家族も到着。流石に母も僕をみて絶句していた。

それからすぐに(執刀した先生ではない耳鼻咽喉科の)女性の先生が到着。

先生「あー出血がすごいですね、でもあなた”ヴゥン!“(咳払いみたいなやつ) ってするからいけないのよ。それしなかったら止まるから、朝まで様子見てみましょう。ヴゥンってするといつまでも鮮血が止まらないわよ」と言われ、

僕「それしなかったら喉に血が固まって呼吸困難になるから無理です!現に何度か既に詰まったし!」と必死に説得するも、分かってもらえず。

この時脱水症状に似た状況になり、水が飲みたくてたまらなくなり、「水ください!」と言って小さい紙コップに注がれて渡されては飲んでを繰り返した。

血を大量に飲んでもいたので気持ち悪くなり、二度胃からリバースもした。

さらにしばらくして、執刀の先生が到着。未だに出血は収まらない。すると、執刀の先生は「手術しましょうかね、今手術室の準備してますからもう少し待ってください。あ、あと水飲むのやめてください」と言った。その時脱水症状だった僕にとって、水はかなり苦しみを和らげてくれていたので、ここから手術までの待ち時間が本当に辛かった。

準備が終わり、完全に衰弱した僕は、震えながら手術の同意と麻酔にサインし、手術室に向かう。到着し、説明やら何やら受けるも、キツすぎて「早く気絶したい、もう殺してくれ」と心の底から思っていた為、ほぼ聞いていなかった。酸素を口に当てられるが、血はとめどなく出るため、払いのけて横に吐いていた。

「麻酔まだ!?!?!?!?」と先生になんども言っているうちに、意識が無くなった。。


手術終わり~ICU

目がさめるとICUにいた。出血は収まっていた。なんとか死ななかったようだ。が、苦しみは続く。

まず舌の違和感に気づく。ずっと器具で舌を引っ張り出した状態での手術だったため、3倍以上に腫れている。(結局その後も2ヶ月以上は痺れが残っていた。)

次に喉の違和感。当然手術したわけだから違和感あって当然だけど、こちらも腫れ上がっていて、もう口の中がとにかく大惨事。体には酸素マスクやら点滴やら色々刺さっていた。

鼻の中も血の塊がいっぱいで、息を吸うたびに血の匂いがして、気分が悪くなる。

熱もずっと38度を超えている。

母が僕のところに来るも、すぐにどこか行ってしまった。あとで聞いたら、僕の生気を失った顔を見ていられなくなったらしい。これまで何度も病気のたびに看病してくれていたが、そういう理由で立ち去ったのは今回が初めてだった。死ぬ姿想像させてしまって本当に申し訳ない。

孤独だったが3時間したら一般病棟に出れると言われていたので、それまで耐えてやると言い聞かせた。が実際、容体はどんどん悪くなっていき、結局6時間いることになる。(この6時間は精神と時の部屋かってくらい長い)

血が足りないせいか寝ていても目がグルグル回る。喉も渇いてしょうがない。(脱水状態で6時間水が飲めず辛かった)

そんな時、執刀した先生が来た。

「手術は終わりました。手術中に分かったのですが、動脈が破裂していました。術中の出血量ががひどく、予定より大幅に時間がかかってしまいました。血液検査したところ、体内の血液が3分の1以下になっています。血は止まっているので、ここから血は増えていくかと思いますが、しばらく様子を見ましょう」

とのこと。(僕は様子を見るって言葉が嫌いになりましたw)

↑ICUにて必死に撮った1枚

 

看護師さんから「いまから隣いくからねー、何かあったらすぐに呼んでくださいねー」呼びかけだったり、「どんな気分ですかー、大丈夫?」など質問を絶えずされ、声が出せない状態ながらも、なんとかため息の勢いのようにして返事をする。息つく間もなく、あちこち動き回っていた。( ICUの方々の大変さを痛感した。心から尊敬と感謝してます。)

とここで急にトイレに行きたくなり、看護師さんに必死の思いで伝える。

自分で起き上がることも立ち上がることも声を出すこともできない。

そこでゴムのおまる?のようなものをお尻の下に敷かれて、ベットに寝たまま用をたした。最悪な気持ちだったが、動けないのでそんなこと言っていられない。勇気を出して、出す。

すると看護師さんがそれを見て「うわっ。。。」と絶句していた。

大量の血便だった。手術中に大量に飲んでいた血が、すべて下から出てくるのだ。

終わったあとまたしばらくして、お腹が痛くなる。また看護師さんを呼んで、ゴムおまるを敷いてもらうが、さっき1度経験して、猛烈に嫌だったのか、出したいのに直前で止まってしまう。やはりトイレでさせて欲しいと伝える。「血が足りないのでダメです」と言われたが、出ないものはしょうがない。生理的に受け付けない。

トイレまでの距離は普通に歩いて12〜3歩くらい。

当然歩けるわけない。けどおまるでは何度チャレンジしても出ないので、トイレでする許可をもらった。

ベッドを起こし、強烈なめまいとくらみに襲われながら、点滴等を車椅子に移し、抱えてもらって、乗り込む。視界はぐるんぐるん。トイレに座ってようやく出す。めまいが止まらない。ナースコールを押し、処理してもらい、またベッドに戻る。

大変な一連の流れを、この後10回以上することになる。(よく頑張ったな、そして看護師さん本当ありがとう)

4時間ほど経過し昼になると、僕は植物人間のようになっていた。看護師さんの質問に受け答えが全くできない。体が全く動かないのだ。目も一点しか見つめれない。かなり消耗していた。だが辛いことに意識も記憶もハッキリある。僕の心の声「なぜ意識失わないんだー!」 

6時間が経ち、胸のレントゲンを撮って、一般病棟に戻ることになった。

レントゲンを撮りにいく際、男女の看護師さん二人で僕のベッドを動かし、レントゲン室に向かう。エレベーターに乗った瞬間二人が会話をし始める。

女性看護師さん「前田さん、午前中はしっかり受け答えできてたのに、さっきから急に反応がなくなって、怖い。これヤバくない

男性看護師さん「前田さん大丈夫ー?今レントゲン撮りに行ってるからねー。そのあと病棟戻るよ!」

僕「。。。」

男性「ああ、本当やねー」

僕の心の声「意識ないって思ってるかもだけど全部聞こえてるから!そんなやばいの?死ぬの?てか、密室でそんな話しないで〜泣」

まるでトイストーリーの人形になった気持ちだった。

そしてレントゲンを撮り、病棟に戻る。


一般病棟~輸血

ここでは言えないが、(さらけ出していくと言っておいてアレだけど、これだけは直接会った時にでも聞いてください)

この時本当に次から次へと絶望のバーゲンセールだった。(これ以上イジメないで泣)

↑手術翌日、顔が別人すぎるw

 

先生が来て、「手術2日目に血液検査しますので、血の量が増えていたら4日後には退院できるかもしれません」

一筋の光が見えた。あと3日耐えたら解放されると思うと、嬉しくてたまらなかった。

血便、高熱、同じ病室のおじいちゃんが24時間うなされていて、気が狂いそうになる等いろいろあったが、2日経った。

そして血液検査を行う。

結果まで2時間近くかかるとのこと。血液検査でチェックするポイントは“Hb”というところ。

(Hbはヘモグロビンのことで、いわゆるこの数値が低ければ貧血ということになる。)

成人男性のHbの平均の数値が14~18程度、成人女性の平均は12~15程度とのこと。

手術終わりの僕のHbの数値は6.5だった。普段貧血持ちではないので、相当きつい。

そして検査の結果が出た。6.5よりも増えていたら、血が増えているということだ。血便は出ているものの、それはかつて飲み込んだ血の残り。新たに出血はしていないから大丈夫だ。

そして結果を聞く。

先生「今回のHbの数値なのですが、、、」

僕「は、はい」(ドキドキ)

先生「5.7です。」

僕「はっ?」

先生「5.7です。下がってますね。理由はわかりませんが、これ以上下がると心肺機能が低下し、輸血をしなければ命の危険があります。

僕「えっちょっとまって!輸血ですか?」「リスクもあるし1日考えさせてもらえませんか?」

先生「そんな時間はありません。すぐに始めましょう」

ということで、輸血をすることになった。

同意書にサイン。怖いリスクのことが書いてある。一人だったため、猛烈に不安が襲いかかる。どうせ僕のことだから、副作用とかそういう悪運を引き当てる気しかしなかった。

↑精一杯の笑顔のつもり

輸血が始まった。看護師さんが「鉄分の注射も一緒に打ちますからねー」と言った。

僕は恐る恐る「その注射の副作用とかあるんですか?」と聞いた。

すると看護師さんは「便が黒くなったり、歯が黒くなったりすることがあるかなー」

僕「そうなんですね、わかりました」

僕の心の声「えっ!そんなもんなの!?随分とかわいい副作用やな!歯はホワイトニングしたけど、全然いいわそんなんくれてやるわ!」

とそんな感じで輸血を終え、さらに2日後血液検査をし、無事に7.0まで増えていた。

原因不明の高熱がずっと下がらなかったため、看護師さんたちがずっと困っていたが、僕が一番ビックリしたのは、執刀の先生が何も言わず別の病院へ行ったこと。輸血後の血液検査で別の先生が担当になっていた。つまりは、、、、そういうことか。

血は標準の半分くらいだったが、なんとか退院することが出来て(1人で重たい荷物持って歩いて家まで帰ったのだが、倒れるかと思った)ここからはじわじわと復活していく。

↑手術して2週間後、大分顔が戻っている

(2018年12月現在)5ヶ月経った今、多少の喋りづらさはあるものの、普通の生活を送れている。


以上!!

長くなってしまいましたが、今回の出来事で多くのことを考えるきっかけにもなったし、記録として残しておきたく(未来の僕に何か辛いことがあった時に、この時に比べたら屁でもないやろ!と思わせるため)記事に書き留めました。

退院時、その時の様子をYouTubeに記録しています。

https://www.youtube.com/watch?v=-doP4EAq40A&t=72s

それ以降扁桃腺を腫らして寝込むことは無くなったから、取ってよかった!けど大変だった!マエケンの体験記でした!

↑今はすっかり元気!散歩が1番の幸せ

ありがとうございました!

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